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親として、先生として。 それぞれの立場で悩んできた スタッフが語る、療育への想い。
記事の概要 INTRODUCTION
そらたいようの建物は2階建て。
1階は保育園、2階は児童デイサービスのそらたいようという造りです。
1階も2階も、子どもたちの健やかな成長を見守る大切な場所であることに変わりはありません。どちらの現場にもそれぞれの良さがあり、違ったやりがいがあり、もちろん大変なこともあります。
私たちそらたいようのスタッフは、なぜ子ども支援の中でも「療育」という現場を選んだのか。この記事では、スタッフ3名の原体験と想いに触れていこうと思います。
目次 INDEX
保育と療育のあいだで。私たちが「見過ごしたくなかったもの」
そらたいようで出会う保護者の方々の多くは、「うちの子、ここで大丈夫でしょうか」「どう接してあげたらいいかわからない」など、様々な不安や困りごとを抱えていらっしゃいます。
私たちは、不安な気持ちや言葉にならない想いに寄り添い、子育てのパートナーとして一緒に歩んでいきたいと、心から思っています。
そんな私たちですが、かつては保護者の皆さまと同じように、壁にぶつかり、葛藤し、誰かの温かい言葉や姿に救われてきた過去を持っているんです。
「集団生活の中で、どうしても埋もれてしまう子がいた」
「我が子の発達に悩み、一人で途方に暮れていた」
「知識がないばかりに、お母さんを追い詰めてしまった後悔があった」
私たちだからこそ、皆さんに寄り添えることが、きっとあるはず。
だからこの記事では、そらたいようスタッフとしてではなく、一人の親、あるいは人として、これまでの出来事や感じてきたことを、インタビュー形式で素直にお伝えできればと思っています。
私たちは、不安な気持ちや言葉にならない想いに寄り添い、子育てのパートナーとして一緒に歩んでいきたいと、心から思っています。
そんな私たちですが、かつては保護者の皆さまと同じように、壁にぶつかり、葛藤し、誰かの温かい言葉や姿に救われてきた過去を持っているんです。
「集団生活の中で、どうしても埋もれてしまう子がいた」
「我が子の発達に悩み、一人で途方に暮れていた」
「知識がないばかりに、お母さんを追い詰めてしまった後悔があった」
私たちだからこそ、皆さんに寄り添えることが、きっとあるはず。
だからこの記事では、そらたいようスタッフとしてではなく、一人の親、あるいは人として、これまでの出来事や感じてきたことを、インタビュー形式で素直にお伝えできればと思っています。
「今度は、私が誰かを助ける番」― ダウン症の娘と歩んだ子育てと、恩師の存在
児童発達支援管理責任者の田邉さんが療育に関わるようになった原点はどこにあるのでしょうか?
一番大きな理由は、私の娘がダウン症という個性を持って生まれたことでした。最初は「どう育てたらいいんだろう」と途方にくれてしまうこともあった子育てでしたが、その傍らにいつもあったのが「療育」でした。
療育があったからこそ娘を育てられましたし、先生方に相談しながら色々な道を拓くことができたと感じています。本当にたくさんの人の手を借りて、娘を大きくしてもらったんです。
療育があったからこそ娘を育てられましたし、先生方に相談しながら色々な道を拓くことができたと感じています。本当にたくさんの人の手を借りて、娘を大きくしてもらったんです。
サポートを受ける立場として療育と関わった過去があったのですね。そこからなぜ、サポートをする側になろうと思ったのですか?
娘が小学校の支援学級に入学した時の担任の先生の存在がとても大きいです。
元々は高等支援学校の先生をしていた方で、より小さなこどもたちの支援をしたいという思いで小学校の支援学級に赴任された方でした。その先生は子どもにはもちろん、不安でいっぱいだった私にもすごく親身に寄り添ってくれました。
言葉にならない想いを汲み取っていただいたり、娘にもたくさんの思い出を作ってくれたり。
これまで私は、医療や介護の現場で働いてきましたが、娘が大人になって手が離れた時、「今までたくさんの人に子育てを助けてもらった分、今度は自分が子育てに悩む誰かを助ける側、力になれる立場になりたい」と思って。
その先生の存在を思い出して、療育の世界に入ろうと思ったんです。
元々は高等支援学校の先生をしていた方で、より小さなこどもたちの支援をしたいという思いで小学校の支援学級に赴任された方でした。その先生は子どもにはもちろん、不安でいっぱいだった私にもすごく親身に寄り添ってくれました。
言葉にならない想いを汲み取っていただいたり、娘にもたくさんの思い出を作ってくれたり。
これまで私は、医療や介護の現場で働いてきましたが、娘が大人になって手が離れた時、「今までたくさんの人に子育てを助けてもらった分、今度は自分が子育てに悩む誰かを助ける側、力になれる立場になりたい」と思って。
その先生の存在を思い出して、療育の世界に入ろうと思ったんです。
当事者としての親御さんの気持ちがわかるからこそ、療育の現場で大切されていることはありますか?
見学や面談に来られる親御さんたちは、当然ながら困りごとや不安を抱えていらっしゃいます。初めて会う人に、本当の思いや心のうちを話しにくい気持ちも、痛いほどわかります。
誰かに悩みを解決してほしいと願う気持ちと、でもそんな簡単に自分の心の根っこにある不安な思いを、あなたは本当に理解できるの?という気持ちが渦巻いているんですよね。少なくとも、私はそうでした。
だからこそ、私はあなたの気持ちがわかります、と最初から伝えようとするのではなく、まずは人と人として、安心して関わっていただける存在になりたいと思っています。
事務的な情報交換ではなく、例えば「昨日何を食べましたか?」というような他愛ない会話をしたり、私自身の最近の出来事などを話すこともあります。
当たり前ですが、完璧な人は一人もいません。少し抜けているところがあったり、落ち込むことがあったり、思わず口角が上がってしまうようなツボがあったり。私自身も完璧でいようとせずに、そういう人間らしい部分をできるだけ大事にしたいと思っているんです。
あなたのことを教えて!と一方的に聞くのではなく、私のことも知ってもらう方が、信頼関係は築きやすいと感じています。その方が、人と人として繋がれている感覚があるというか。
とは言いながらも、限られた時間内で、子どもたちの発達上の困りごとも聞かせていただくことも大切です。その際は困りごとだけを見るのではなく、その子の好きなことや輝いている部分を見つけ出したい。そして何より、親御さん自身が笑顔になれるように、寄り添い続けることを心がけています。
誰かに悩みを解決してほしいと願う気持ちと、でもそんな簡単に自分の心の根っこにある不安な思いを、あなたは本当に理解できるの?という気持ちが渦巻いているんですよね。少なくとも、私はそうでした。
だからこそ、私はあなたの気持ちがわかります、と最初から伝えようとするのではなく、まずは人と人として、安心して関わっていただける存在になりたいと思っています。
事務的な情報交換ではなく、例えば「昨日何を食べましたか?」というような他愛ない会話をしたり、私自身の最近の出来事などを話すこともあります。
当たり前ですが、完璧な人は一人もいません。少し抜けているところがあったり、落ち込むことがあったり、思わず口角が上がってしまうようなツボがあったり。私自身も完璧でいようとせずに、そういう人間らしい部分をできるだけ大事にしたいと思っているんです。
あなたのことを教えて!と一方的に聞くのではなく、私のことも知ってもらう方が、信頼関係は築きやすいと感じています。その方が、人と人として繋がれている感覚があるというか。
とは言いながらも、限られた時間内で、子どもたちの発達上の困りごとも聞かせていただくことも大切です。その際は困りごとだけを見るのではなく、その子の好きなことや輝いている部分を見つけ出したい。そして何より、親御さん自身が笑顔になれるように、寄り添い続けることを心がけています。
「あの子の行動の意味に、もっと早く気づけていたら」―保育士時代の後悔から見つけた、療育という選択
施設長の大久保さんが、療育の道に進まれたきっかけを教えてください。
私は保育士としてキャリアをスタートさせたのですが、1歳児クラスの担任をしていた時に、すごく強いかんしゃくを起こすお子さんがいたんです。当時の私には発達のちがいに関する専門知識はなく、「かんしゃくが強めだな」「性格的なものなのかな」としか捉えられませんでした。その結果、時には面談でお母さんを追い詰めてしまうような言い方をしてしまったこともありました。
その子が4〜5歳になった頃、「発達障害」という言葉が社会に浸透し始めて、「あの子の行動は、これだったのかもしれない」とハッとしました。
その知識があれば、もっと違う関わり方があったはず。
私の知識不足のせいで、子どもを見る角度がすごく限定的になっていたんだと、ものすごく後悔したんです。
その子が4〜5歳になった頃、「発達障害」という言葉が社会に浸透し始めて、「あの子の行動は、これだったのかもしれない」とハッとしました。
その知識があれば、もっと違う関わり方があったはず。
私の知識不足のせいで、子どもを見る角度がすごく限定的になっていたんだと、ものすごく後悔したんです。
その後、どのように視点が変わっていったのでしょうか?
そんな思いを抱えていた頃、保育の現場で作業療法士さんと出会う機会がありました。
療育に関する専門的なアドバイスをいただき、現場で実践してみると、それまで集団になじめなかった子が驚くほど落ち着いて過ごせるようになったんです。
保育士としての目線に、療育の専門知識を掛け合わせたら、子どもたちの行動の裏にある背景や意味をもっと読み解けるはず。
そう思って療育の世界に飛び込みました。
療育に関する専門的なアドバイスをいただき、現場で実践してみると、それまで集団になじめなかった子が驚くほど落ち着いて過ごせるようになったんです。
保育士としての目線に、療育の専門知識を掛け合わせたら、子どもたちの行動の裏にある背景や意味をもっと読み解けるはず。
そう思って療育の世界に飛び込みました。
保育の現場も経験してきた大久保さんが、療育の現場としてそらたいようを選んだ理由はなぜですか?
地元が四国なのですが、とあるきっかけから札幌に移住することとなったタイミングで、保育園と療育施設が一体になったこの施設に出会いました。
1階の保育園の現場にも貢献しつつ、2階の療育の専門性も活かせるのは、自分ならではの強みだと思ったんです。
と言うのも、私たちがそらたいようで子どもたちと関わることができる期間には限りがあります。小学校を卒業した後は、これまでと同じような支援は残念ながら続けられない現実もあります。
だからこそ、将来その子が集団生活に馴染めるかという保育の目線と、個別のニーズに応じた支援を行う療育の目線。社会に出るという将来を見据えながら、その重なり合う部分を見つけ続けることが大事だと思っています。
発達の凹凸を弱みとしてとらえるのではなく、社会の中ではこういう強みになるかもしれないという視点で、少し引いた立場で子どもたちの自由さや個性を見守り、育むことも意識しています。
また、私は子どもたちが「自分はこれでいいんだ。これがいいんだ。」と安心できる基地のような場所をつくりたいと思っています。
大人が教え込むのではなく、できる限りフラットな目線で、子どもたちの自由さや個性を守り、育てていくことをこれから先も大切にしていきたいです。
1階の保育園の現場にも貢献しつつ、2階の療育の専門性も活かせるのは、自分ならではの強みだと思ったんです。
と言うのも、私たちがそらたいようで子どもたちと関わることができる期間には限りがあります。小学校を卒業した後は、これまでと同じような支援は残念ながら続けられない現実もあります。
だからこそ、将来その子が集団生活に馴染めるかという保育の目線と、個別のニーズに応じた支援を行う療育の目線。社会に出るという将来を見据えながら、その重なり合う部分を見つけ続けることが大事だと思っています。
発達の凹凸を弱みとしてとらえるのではなく、社会の中ではこういう強みになるかもしれないという視点で、少し引いた立場で子どもたちの自由さや個性を見守り、育むことも意識しています。
また、私は子どもたちが「自分はこれでいいんだ。これがいいんだ。」と安心できる基地のような場所をつくりたいと思っています。
大人が教え込むのではなく、できる限りフラットな目線で、子どもたちの自由さや個性を守り、育てていくことをこれから先も大切にしていきたいです。
「ちゃんとした環境って?」― 集団で埋もれてしまう子への葛藤と、療育との出会い
児童指導員の岩田さん。前職は児童会館の指導員だったそうですね。そこからなぜ療育の現場へ?
児童会館の現場では、小学生から高校生まで、日々たくさんの年齢、属性の子どもたちを見守っていました。その中でも、大きな集団の中で遊びに混ざることができなかったり、上手く自分の気持ちを伝えられずに苦しんでしまう子どもたちの姿もたくさん見てきました。
集団に馴染めなくなった結果、思わず手が出てしまったり、友達を傷つけてしまうような発言をしてしまう姿も目にしてきました。
そんな子たちでも、学校という場では「ちょっとお勉強ができない子だね」「手のかかる子だね」という程度で特別なサポートを受けられないまま育っていくのも知りました。
また、娘が小さい頃、地域の子育てサロンに所属していた時期がありました。
そのサロンに参加されているご家庭の子で、他の子のところに行っては遊んでいるものを取る。また他の子のところに行っては遊んでいるものを取る。ということを繰り返してしまう子がいました。お母さんは「ごめんなさい」と周りに謝り続けていて。
きっと勇気を出して参加しに来てくれたと思うんですが、心身ともに疲れてしまったのか、それ以降サロンには来なくなってしまいました。
「ちゃんとした環境があれば、この子たちも、親御さんも、もっと生きやすい世界になっていくのに。」
そういった強いもどかしさをずっと抱えていたんです。
集団に馴染めなくなった結果、思わず手が出てしまったり、友達を傷つけてしまうような発言をしてしまう姿も目にしてきました。
そんな子たちでも、学校という場では「ちょっとお勉強ができない子だね」「手のかかる子だね」という程度で特別なサポートを受けられないまま育っていくのも知りました。
また、娘が小さい頃、地域の子育てサロンに所属していた時期がありました。
そのサロンに参加されているご家庭の子で、他の子のところに行っては遊んでいるものを取る。また他の子のところに行っては遊んでいるものを取る。ということを繰り返してしまう子がいました。お母さんは「ごめんなさい」と周りに謝り続けていて。
きっと勇気を出して参加しに来てくれたと思うんですが、心身ともに疲れてしまったのか、それ以降サロンには来なくなってしまいました。
「ちゃんとした環境があれば、この子たちも、親御さんも、もっと生きやすい世界になっていくのに。」
そういった強いもどかしさをずっと抱えていたんです。
そこからどのようなきっかけで、療育の道へ進もうと思ったのですか?
子どもたちと親御さんが生きやすい「ちゃんとした環境」とは何なのか。
自分自身も答えを出せていなかった時に、たまたま友人からそらたいようという施設が新しくオープンするという話を聞きました。
正直それまでは療育という業界については詳しくなかったのですが、調べていくうちに、私が感じていたもどかしさは療育現場であれば解決できるかもしれないと直感的に思ったんです。
ちなみに、田邉さんの娘さんとうちの娘は同じ小学校に通っていたんです。だから私たちは元々ママ友で。でも、お互いにそらたいようで働くことは知らなかったんです。
なので、そらたいようの皆さんへ入社のご挨拶をしていた際に、田邉さんと同じ職場で働くということを知って驚きました。本当、ご縁ですね。
自分自身も答えを出せていなかった時に、たまたま友人からそらたいようという施設が新しくオープンするという話を聞きました。
正直それまでは療育という業界については詳しくなかったのですが、調べていくうちに、私が感じていたもどかしさは療育現場であれば解決できるかもしれないと直感的に思ったんです。
ちなみに、田邉さんの娘さんとうちの娘は同じ小学校に通っていたんです。だから私たちは元々ママ友で。でも、お互いにそらたいようで働くことは知らなかったんです。
なので、そらたいようの皆さんへ入社のご挨拶をしていた際に、田邉さんと同じ職場で働くということを知って驚きました。本当、ご縁ですね。
小学生〜高校生まで、様々な年齢の子どもたちと関わってきた岩田さんだからこそ、療育の現場で工夫をされていることはありますか?
子どもたちの「やりたい!」という純粋な気持ちを起点にして、遊ぶように学ぶ「プロジェクト型活動」というクラブ活動を行っています。大人が答えを与えるのではなく、「どうしたらできるかな?」と一緒に考えるスタイルが、そらたいようのこどもたちにとてもマッチしていると感じています。
小さな失敗も、できた!という達成感も、ぜんぶが子どもたちの貴重な経験です。
活き活きと活動して、その分学びも吸収していく。そういった子どもたちの姿も親御さんに見てもらうことで、ご家族全体を笑顔にしていきたいと思っています。
小さな失敗も、できた!という達成感も、ぜんぶが子どもたちの貴重な経験です。
活き活きと活動して、その分学びも吸収していく。そういった子どもたちの姿も親御さんに見てもらうことで、ご家族全体を笑顔にしていきたいと思っています。
経験してきた後悔も葛藤も、そらたいようならではの安心の土台に。
自身が療育を受ける側の立場だった親としての経験から、どこまでも寄り添うことを大切にしている田邉さん。
保育の視点に、療育の専門知識を重ね合わせる大久保さん。
集団では埋もれてしまう子たちの可能性を信じ、環境をつくり続ける岩田さん。
それぞれが歩んできた道のりや原体験が違うからこそ、今のそらたいようには、様々な子どもたちやご家族を受け入れる安心の場がつくられているのだと思います。
「わたし色、きみ色、みんなで描く未来」
そらたいようが掲げているこの言葉には、一人ひとり異なる「個性=色」を大切にしながら、大人も子どもも関わり合って未来をともに描いていきたいという意味が込められています。
これからもこの言葉を体現し続けられるような場所となるよう、スタッフ一同、療育に向き合っていきます。
さて、最後の岩田さんのお話しにあった「プロジェクト型活動」については、これまでもいくつかの記事で紹介してきました。
特に今年はこどもたちからの意見や新たなクラブ発足がとても活発だそうです。
プロジェクト型活動を牽引している岩田さんの思いや、これまで以上に活動が活発になっている経緯について、次回の記事ではもう少し詳しくお伝えしていきます。
保育の視点に、療育の専門知識を重ね合わせる大久保さん。
集団では埋もれてしまう子たちの可能性を信じ、環境をつくり続ける岩田さん。
それぞれが歩んできた道のりや原体験が違うからこそ、今のそらたいようには、様々な子どもたちやご家族を受け入れる安心の場がつくられているのだと思います。
「わたし色、きみ色、みんなで描く未来」
そらたいようが掲げているこの言葉には、一人ひとり異なる「個性=色」を大切にしながら、大人も子どもも関わり合って未来をともに描いていきたいという意味が込められています。
これからもこの言葉を体現し続けられるような場所となるよう、スタッフ一同、療育に向き合っていきます。
さて、最後の岩田さんのお話しにあった「プロジェクト型活動」については、これまでもいくつかの記事で紹介してきました。
特に今年はこどもたちからの意見や新たなクラブ発足がとても活発だそうです。
プロジェクト型活動を牽引している岩田さんの思いや、これまで以上に活動が活発になっている経緯について、次回の記事ではもう少し詳しくお伝えしていきます。





